朝から素晴らしい快晴です!!
まるで未来の標のように感じます。
あまりの天晴れの観音晴れなので、朝からとこしえと小走りお散歩。
出勤される集落皆さんのお車とごあいさつを交わしながら道の際の斜面の山アジサイの白さに、まるでお洗濯ものの後のような清々しさを覚えました。
昨晩、中平集落集会所にて、中平集落と中手集落の2集落合流による会合が開かれました。
ダイアログをご覧の皆さん、「こころの花」ファンの皆さん、角界のファンの皆さん、メディア・パブリシティの皆さん、何より頭の上に「?」記号でいっぱいだった十日町と津南町の皆さん、愈々謎解き、紐解きがはじまります。
なぜ「大地の芸術祭」に「こころの花」は入っていないのか。
なぜすべてからはずされているのか。
でもなぜ「花は咲く」というのかということ、生きるということ。
なぜ今年、いまのいま、展覧会のタイトル「Element」なのかということ、
なぜ昨年、小展のタイトル「かごの鳥にはなれなくって」であったのかということ。
愈々間もなく、これまで伏せられてきたこと等に対する第一声が地域から上がりますので、
どうぞこころの五感を研ぎ澄ませて居られてください。
どうぞ「人間」として「生命」の潔なる営みとその重さ、
そして「人類」の「可能性」、「未来」への声が届きますよう。
広く大きくは、よりよくなるための人類の「変化」「挑戦」であるならば
一つの問いかけとして「こころの花」はその題材となりましょう。
「作品」は生まれるもの、生命そのもの。
時代と対話対峙、時代と時代を超越した過去現在未来、永久との対話対峙。
今を生きているわたくし自身のみならず、これを構成する遺伝子たちや見えないものたちの声に導かれるがごとく、作品は生まれているような気がします。
皆さんと同じ時代を生きているわたくしだから、この時代に「こころの花」は誕生し、
皆さんに共感と賛同をいただき、また分かち合えたことに生あることの喜びを実感し、
貫いてきた吾が生命のあり方を強く再確認いたしました。
皆さんと作品を介して、目には見えない大切な問いかけ、対話をさせていただいているように思っています。
「わたくしはこう思うのです、みなさんはいかがです?」って。
永遠なき生命、だからこそ時折永遠を信じ願い祈るわたくしたちの人間の儚さと強さ。
作品「こころの花」はわたくしの生命そのものであるとともにその世界観。
これからこの第一声をきっかけに色々なことが帰納法的に浮き彫りになってくると思います。
このページはダイアログ、ダイアリーではなくダイアログ。
「こころの花」は咲かせるの何故ですか?
「吾生まれた理由(わけ)」を考えてみようと思うのです。